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森と水と土を考える会
森水会報(参考資料)
巻末の参考資料です

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巻末・参考資料

西中国山地ブナの森づくり

私たちの思い

太田川のおいしい水を子どもたちに残したい。そのために、ツキノワグマなどが安心してすめる広葉樹の森を取り戻したい。そしてそのことによって、人里のくらしを守りたい。私たちは、そんな思いで「西中国山地ブナの森づくり」を始めました。

私たちは、ただ単に「伐採反対」を叫んでいるのではありません。拡大造林前の豊かな森林環境を取り戻すにはどうしたらよいのか。私たちにできることはないのか。考えた末の「提案」が広葉樹の植林なのです。「森田修会員と記者との一問一答から、中国新聞記事(1996年6月23日付け)」

広島県、広葉樹の森に注目

朝日新聞記事(1993年2月23日付け)によると、「野生生物の保護対策など自然環境保全事業に広島県(竹下虎之助知事)が本腰」を入れ始めたようです。そして、まずアビ(県鳥指定の渡り鳥)とツキノワグマ(西中国山地のブナ林買い取りへ)を対象とした対策を取ることになりました。

中国新聞「社説」(1993年3月12日付け)は、広島県がスギ・ヒノキといった針葉樹の植林ではなく、広葉樹の森に注目したことについて、「中国山地のブナ林を守ろう」と題して高く評価しています。そして同社説は「ブナ林の保全は、農山村ではなく、むしろ瀬戸内都市の課題であろう」という文章で締めくくっています。そうです、「森は海の恋人」なのですね。

ツキノワグマのすめる森づくりをめざして

広島市の水はおいしい、と他府県の人によく言われます。それは、太田川の水がきれいだからです。そしてそれは、水源の森が残っているからです。その森は、広島湾の牡蠣(かき)作りを支える森でもあります。

その水源の森が、近ごろ少し怪しくなってきたようです。中国新聞記事(1994年7月12日付け)によれば、なんと野生のクマが広島市街地(太田川河川敷そば)まで乱入して、けが人が二人でたというのです。

戦後の拡大造林が始まる前までは、広葉樹の奥山(深山)で暮らすツキノワグマが、人里まで下りてくることはまずあり得ないことでした。それが最近では、クマの行動範囲が異常に拡大しているようです。広葉樹から針葉樹への転換によって、クマの生息環境が急速に悪化したことがその大きな原因の一つと考えられます。

中国新聞「核心」欄(1994年4月4日付け)が提起しているように、広葉樹の森づくりは西中国山地のクマ対策としても必要なのです。

水源の森には広葉樹を

中根周歩さん(広島大学総合科学部教授)は、中国新聞「中国論壇」(1995年3月6日付け)で「渇水対策と自然林育成」と題する論文を発表しています。

その中で同教授は、昨年の異常渇水は30年とか50年に一度あるかないかの規模のものであったとした上で、森林の治水機能を高めるためには、水源の森は不伐の自然林(特に広葉樹林)とすることが望ましいとしています。

ここで、スギ・ヒノキなどの針葉樹林よりも広葉樹林をすすめるのは、後者の方が治水機能(土壌浸透能および貯水力)に優れるからだそうです。

細見谷渓畔林と十方山林道

十方山林道とは

十方山林道(全長約14.4km)は、広島・島根県境尾根(恐羅漢山~五里山)の広島県側(細見谷)を走る未舗装の林道(幅員3~4m)です。この林道は、1953年(昭和28)完成、1959年(昭和34)に再整備されています。未舗装(幅員3~4m)ながら4トントラック走行可能な林道であり、細見谷の林業に大いに貢献するものであったと考えられます。

「十方山林道の大規模林道化」とは、この既設の十方山林道を緑資源幹線林道(いわゆる大規模林道)事業に組み込んで、拡幅舗装化する事業計画のことをいいます。

細見谷渓畔林とは

十方山林道の中間部分は、細見谷を流れる細見谷川(太田川の源流の一つ)に沿って走っています。そして、そのうちの約5kmほどの区間は、西日本随一と言われる渓畔林(渓流沿いの水辺林、細見谷渓畔林)の中を通っています。

細見谷渓畔林は、高木層では高頻度に出現するサワグルミ、トチノキ、ミズナラに加えて、ブナ、イヌブナ、イタヤカエデ、ハリギリ、オヒョウなどが中~低頻度で出現する生物多様性の宝庫です。十方山林道を拡幅舗装化することによって、この美しい原生的自然を失ってしまう恐れがあります。

十方山林道の大規模林道化に伴うそのような懸念について、最近では細見谷林道問題(あるいは細見谷大規模林道問題)と呼ばれることの方が多くなっています。十方山林道は細見谷を通っていますから、確かにそのような表現の方が分かりやすいかもしれません。

細見谷渓畔林はこうして残った

細見谷では、1960年代に標高差300~400mの両斜面のほとんどすべてが伐採されて、スギ・ヒノキといった針葉樹に置き換えられています。細見谷渓畔林として残っているのは、細見谷川沿いに幅100~200m(長さ5km)くらいあるにすぎません。

しかし、その渓畔林がかろうじて残っている背景には、一般市民および専門家の粘り強い活動とそれに答えた広島県当局の英断があったのです。

広島県が、大規模林道のルート(十方山林道の拡幅を含む)を決定したのは、1972年(昭和47)のことです。そのころに、「広島県の自然を守る県民の会」という一般市民による自然保護運動が高まっています(中国新聞記事、1972年6月17日付け、同6月30日付け、同10月19日付け)。

同じく1972年に、広島県林務部から大規模林道に関する調査を依頼された鈴木兵二教授(広島大学理学部生物学科植物分類生態学研究室、関太郎・助手、豊原源太郎・大学院生)は、細見谷上流部の渓畔林では「道路から歩いて見える部分は伐採しないこと」および下流部の細見谷渓谷では「一切道路をつけないこと」を強く主張しました。

広島県当局はそれを受け入れ、細見谷渓畔林(細見谷上流部)および細見谷渓谷(細見谷下流部、日本百名谷の一つ)の自然環境はかろうじて守られることになりました。

しかしながら、ついに大規模林道工事は始まってしまいました。細見谷渓畔林が消滅してしまうかもしれないという重大な局面を迎えて、広島大学の関係者から、そのことを真剣に議論しようとする声はなかなか上がってきません。

広島大学は、その昔、全国の師範学校・旧制中学校の教員を数多く輩出した広島文理科大学(旧制)の流れをくんでいます。同文理大(旧制)の出身者の中には、宮脇昭・地球環境戦略研究機関国際生態学センター長(四千万本の木を植えた男)もいます。

広島大学の関係者には、細見谷の自然を次の世代に確実に引き継ぐため、今一度、子どもたちのために大いに語ってほしいと願わずにはおれません。

緑資源機構とは

緑資源機構(前身は森林開発公団)および各種林道事業など

独立行政法人「緑資源機構」(農林水産省所管)の前身は「森林開発公団」です。同公団は、旧・農林省所管の特殊法人の一つとして1956年(昭和31)に設立されました。そしてその目的は、熊野・剣山という地域を限定した林道事業を行うことにありました。したがって、目標達成後は廃止されるのが当然と考えられます。しかしその後、この公団は廃止どころか種々の事業を所管事項に加えつつ、名称変更を含む組織変革を受けながら存続してゆくことになります。

森林開発公団(1956年、昭和31年)- 公団(農林省所管の特殊法人)設立
緑資源公団(1999年、平成11年)- 名称変更
独立行政法人緑資源機構(2003年、平成15年)- 独立行政法人化
森林農地整備センター(2008年、平成20年)- 機構廃止後に業務の大部分を移管
(林野庁所管の独立行政法人森林総合研究所の一部局として)

1956年(昭和31)、森林開発公団設立、熊野・剣山地域林道事業
1959年(昭和34)、関連林道事業
1961年(昭和36)、水源林造成事業
1965年(昭和40)、特定森林地域開発林道事業(スーパー林道)
1973年(昭和48)、大規模林業圏開発林道事業(大規模林道)
1988年(昭和63)、特定森林総合利用基盤整備事業
1999年(平成11)、農用地整備公団の業務を承継
2008年(平成20)、機構は廃止、ただし森林農地整備センターに業務移管

いわゆるスーパー林道や大規模林道とは

森林開発公団は、1965年(昭和40)には、「特定森林地域開発林道事業」(いわゆるスーパー林道)を公団所管としています。「スーパー林道」(南アルプススーパー林道など)は、幅員4.6m、〈未舗装〉ながら「峰越し・多目的」林道として開設されました。1990年(平成2)完成、全国23路線(総延長1,179km)で総事業費1,018億円となっています。

同公団は、1973年(昭和48)には、事業継続中のスーパー林道と並行して「大規模林業圏開発林道事業」(いわゆる大規模林道)も公団所管としています。後の「緑資源幹線林道事業」のことです。林道整備の目的としては、林業振興や地域開発に加えて、森林レクリエーションの拡充などがあげられています。

その緑資源幹線林道事業について、広島県廿日市市のホームページ(緑資源幹線林道事業 戸河内・吉和区間)で確認すると、「独立行政法人緑資源機構が、林道の整備が立ち遅れて適切な森林管理が進まない全国7箇所の奥地森林地域において、森林の整備、林業の活性化、山村住民の定住条件の整備等を図る基幹的な林道を整備する事業です」となっています。

さて「大規模林道」の規格は、幅員7m(道路幅員5.5m)二車線〈舗装〉で、スーパー林道のそれよりもさらに大型のものとなっています。大型バスの走行も可能とするものであり、まさに「山岳ハイウェイ」そのものといってよいでしょう。

山岳地帯を貫く大型林道は崩れやすい

スーパー林道と大規模林道は、本来はそれぞれが異なる事業に基づく林道です。しかしながら、両者ともに、山岳地帯の厳しい自然条件の中を貫く大型の林道であり、工事中や工事完了後も、各地で道路崩落などの事故を引き起こしています。

なお、完成した林道は、その都度地元自治体に移管されてゆきます。そこで、工事完了後に発生する維持管理費は地元自治体の負担となり、地方財政を圧迫しています。

細見谷林道工事とは

細見谷林道工事の正式名称は、「緑資源」幹線林道大朝・鹿野線戸河内~吉和区間(二軒小屋・吉和西工事区間)です。それぞれの言葉の意味について整理しておきましょう。

「中国山地」は、全国7つの林業圏域のひとつ

「緑資源」機構によって、全国に設定されていた7つの林業圏域の一つに「中国山地」があります。そしてこの「中国山地」の幹線林道には、山陰ルート(鳥取県、島根県、山口県)と山陽ルート(岡山県、広島県、山口県)の二つのルートがあります。

参考までに、中国山地以外の6林業圏域は、北海道山地(北海道)、北上山地(青森県・岩手県)、最上・会津山地(山形県・福島県)、飛騨山地(富山県・岐阜県)、四国西南山地(愛媛県・高知県)、祖母・椎葉・五木山地(大分県・宮崎県・熊本県)です。

緑資源幹線林道「大朝・鹿野線」について

「大朝・鹿野線」(中国山地、山陽ルートの一部)は、全国で32(29路線、3支線)ある路線のうちの一つです。広島県北西部に位置する北広島町(旧芸北町)、安芸太田町(旧戸河内町)、廿日市市(旧吉和村)から山口県北部の岩国市(旧錦町、旧美和町、旧本郷村)、周南市(旧鹿野町)の各市町を貫く計画となっています。

戸河内・吉和〈区間〉について

戸河内・吉和〈区間〉は、「大朝・鹿野線」をいくつかに分けた区間の一つです。廿日市市ホームページの説明をみると、「広島県北部の山県郡安芸太田町内の国道191号に接する地点を起点として、二軒小屋から林道十方山線に入り、吉和地域内で国道488号に接する地点を終点とする計画延長24.3キロメートルの区間です」となっています。

同ホームページでは、さらに続けて「この区間は太田川上流地域の森林の整備・保全を推進するための基幹となる林道であり、また、ワサビ栽培等地場産業の振興などを通じて、地域の活性化に貢献することが期待されています」としています。

二軒小屋・吉和西〈工事〉区間について

戸河内・吉和〈区間〉は、さらに二つの〈工事〉区間に分かれています。一つは、国道191号線の小板(城根)から、三段峡を経て二軒小屋までの工事区間(城根・二軒小屋工事区間)11.1 km であり、1990年(平成2)9月に着工して、2004年(平成16)12月にすでに完成しています。冬季にはこの大規模林道を利用して、九州発・恐羅漢山スキー場往復の大型スキーバスが運行されています。

もう一つが、「十方山林道の大規模林道化」工事の区間です。つまり、二軒小屋から細見谷を経て、国道488号線の吉和(吉和西)まで、既存の十方山林道を拡幅舗装化する工事区間(二軒小屋・吉和西工事区間)になります。細見谷渓畔林を含めて、その大半は廿日市市に属しています。

廿日市市ホームページによると、「(同工事区間については)その大半が既設林道を改良する計画です。既設林道においては、近年の台風等の集中豪雨や豪雪により、路面の浸食や路肩の決壊、山腹斜面の崩壊などが多数発生しており、現在、通行止めとなっています」としています。

この工事区間の一部では、通称「七曲り」という曲がりくねった部分を直線的な道路に付け替える計画となっています。したがって、既存の十方山林道(距離約14.4km)に対して計画延長(13.2km)はほんの少し短くなります。

なおこの工事区間は、2006年11月に工事着手され、吉和西側(廿日市市吉和)約100m、二軒小屋側(山県郡安芸太田町)約300mが完成しています。ただし、2008年度以降工事は中断しており、ほとんど手つかずのままです。

生物多様性とツキノワグマ

生物多様性とは

宇宙が誕生したのは、今から百数十億年前のビッグバンによるとされています。そしてその後、銀河系の誕生(天の川銀河系、120億年前)、太陽系の誕生(約46億年前)と続き、地球上に生命が誕生したのは約40億年前のことです。

一個の細胞が、海の中で合成された有機化合物からできあがり、海中で進化していきました。やがて、それらは陸上にも進出して地球全体を覆うようになります。その結果、現在では少なくとも約3千万種の姿・形が異なる多様な生物が地球上に存在するとされています。生物の進化とは、生息域の拡大を伴う種の分化(多様化)といってもよいでしょう。

  • 「種」レベルの多様性

生物多様性は、「遺伝子」、「種」、そして「生態系」の三つの階層で考えられています。その中で、一般的に最も分かりやすいのは「種」レベルの多様性、すなわち「種」の総数そのものを指す概念でしょう。

ここで種(species)とは、「広辞苑」最新版(第六版2008年)から引用すると、「生物分類の基本単位。互いに同類と認識しあう個体の集合であり、形態・生態などの諸特徴の共通性や分布域、相互に生殖が可能であることや遺伝子組成などによって、他種と区別しうるもの。生物種。いくつかの特徴により、さらに亜種・変種・品種に分けることもある。化石についてはさらに時間の経過に伴う変化(すなわち進化)を加味して定義し、進化学的種という」となっています。

EICネット:環境用語集「生物多様性」をみると、「生物多様性は生命の豊かさを包括的に表した広い概念で、その保全は、食料や薬品などの生物資源のみならず、人間が生存していく上で不可欠の生存基盤(ライフサポートシステム)としても重要である。反面、人間活動の拡大とともに、生物多様性は低下しつつあり、地球環境問題のひとつとなっている。国際的には生物多様性条約に基づく取り組みが進められ、日本でも生物多様性国家戦略の策定を受けて総合的な取り組みがされている」とまとめられています。

  • 「遺伝子」レベルの多様性

「遺伝子」レベルの多様性とは、同一「種」内の同一「遺伝子」にいくつかの「型」が存在することをいいます。遺伝子の本質は、DNA(デオキシリボ核酸、deoxyribonucleic acid)上にあります(一部ウイルスではRNAの場合あり)。DNA上の遺伝子が持つ遺伝情報によって、姿・形といった親の形質は、そっくりそのまま何世代にもわたって受け継がれていくことになります。

ここで、ある「種」の集団サイズが小さくなると、その種が持つ遺伝子の多様性は急速に失われ、その種の絶滅につながる恐れがでてきます。この遺伝子の多様性こそ、環境の変化に対する適応からさらには種の分化まで、生物進化の原動力となっているものです

  • 生態系の多様性

地球上の生物は、それぞれが単独で生息しているわけではありません。ある一定の環境ごと、すなわち気候条件を中心として地形や地質などの環境ごとに適応した多様な「種」が、互いに共生しあう関係にあります。

そして、森林の生態系、里山の生態系、草原の生態系、湿原の生態系などそれぞれの生態系を形成しています。

つまり、それぞれの「種」は、環境の異なる生態系ごとに棲み分けをしています。「生態系」レベルの多様性とは、さまざまな生物の相互作用から構成されるさまざまな生態系が存在することをいいます。

東アジア各地に分布するツキノワグマ

ツキノワグマは、西はイラン高原からカシミール、インドシナ、チベット、中国南部、台湾、中国東北部から沿海州、そして日本列島にいたる地域に分布しています。日本国内では、本州最北端の東北(青森県)から関東甲信越・中部そして北陸・関西、さらには東中国山地(岡山県・鳥取県)まで、ほぼ連続した分布域が認められます。

本州ではその他、紀伊山地と西中国山地(広島・島根・山口各県境)に隔離された孤立分布域が存在します。四国の地域個体群は、現在では剣山山系(徳島・高知県境)だけに分布域が縮小しています。その推定生息頭数は十数頭から数十頭であり、繁殖は確認されているものの、このままでは絶滅の可能性が高いと考えられています。また、九州ではすでに絶滅したとされています。

全国の推定生息頭数は1万~1万5千頭、捕獲数は1,000~1,500頭/年となっています。なお上記の地域個体群は、いずれも環境省レッドデータブックの「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定され、狩猟は禁止されています。また、ツキノワグマが絶滅を回避できる集団の個体数(最少存続可能個体数、MVP:minimum viable population)は100頭とされているようです。

細見谷渓畔林のツキノワグマ

西中国山地におけるツキノワグマ生息状況に関する最新の調査結果が、西中国山地ツキノワグマ保護管理対策協議会(広島・島根・山口3県)から公表されています(2006年6月6日付け「中国新聞」地域ニュース)。

それによると、2004年と2005年の調査において、推定生息数300~740頭(1998年~1999年、推定480±200頭)、生息エリア約7千平方km(同、約5千平方km)、最高密度地域では3.4平方km/頭(同、3.2平方km/頭)となっています。6年前と比べて、個体数は微増、生息エリアは約1.4倍に拡散しています。

金井塚務「広島・細見谷渓畔林のツキノワグマ」、『自然保護』2006年11/12月号(No.494)P.40-42によれば、「西中国山地のツキノワグマの生息域は年々拡大の傾向を示し、現在もその傾向は続いている。これは個体数の増大を反映したものではなく、生息密度の低下に伴う分散で、本来の生息域の環境悪化が原因と考えられる。こうした傾向が続くと、繁殖のための出会いの機会が減少し、個体数は衰退の一途をたどることになる」と分析しています。

ところで、2004年(平成16)には、全国的に大量のクマが人里に出没して社会問題化しました。西中国山地も例外ではなく、大量のクマが捕殺されました。しかし、細見谷渓畔林では、その年に越冬したクマが複数確認されています。さらに、翌2005年の9月には、クマの当歳仔が定点観測カメラによってとらえられました。

これは繁殖の確実な証拠であり、細見谷渓畔林の豊かさを示すものといえるでしょう。同渓畔林は、西日本屈指の規模と生物多様性を誇っています。細見谷渓畔林こそ、西中国山地におけるツキノワグマ生息の最後のよりどころになると考えられます。